アムウェイのエナドリ
昔勤めていた会社の同期がバリバリのアムウェイっ子だった。
性格はすこぶるよく、いつも明るく、人当たりも良く、かといって八方美人でもなく、私は今でも彼女が大好きだ。
アムウェイっ子だが、周囲に売り込んだりはしてこない。さすがに職場の人間関係の中でアムウェイ営業やるのはまずいと思っていたのかもしれない。
そう言う分別を感じさせつつ、サプリから家電、洗剤、食品に至るまで、家中アムウェイ。
売り込みはしてこないが、純粋無垢な輝く瞳でアムウェイ製品の良さを語る。そしてアムウェイ製品をタダでくれようとするのであった。
我々が勤めていた会社は漆黒のブラック企業であった。
入社から数ヶ月。圧倒的ブラック労働でフラフラになった私に、アムウェイっ子はあるものをお裾分けしようとしてくれた。
アムウェイとエナジードリンク。割と意外性のある単語の並びである。
見ると、アムウェイっぽいと言うよりはエナドリっぽいデザインの缶が差し出されていた。
彼女の顔を見ると、明らかに「善」の表情で満ちている。
一切の悪意や、これを機にアムウェイ沼に落としてやろうという企みのない、純粋な善意。その善意でもって私にアムウェイのエナドリを分けてやろうと言うのだ。
ヤダ〜。(心の声)
嫌だった。
アムウェイも普通に怪しいし、個人的にはエナドリ一般も苦手だ。
私は困った。相手は大好きな同期で友人である。
おそらくここで受け取れば、彼女はアムウェイのエナドリを入手するたびにお裾分けしてくることだろう。
黙ってもらってその都度捨ててもいいのだが、開けてもいない缶を捨てるたびにどんよりした気持ちになるだろうし、飲んだ感想を聞かれても厄介だ。
どうしたら穏健にこの場を逃れられるだろうか?
彼女は畳み掛ける。
「これはさ、飲む点滴って言われてて、一発で元気になるからさ!」
「飲む点滴」めちゃくちゃアムウェイっぽい語彙だ……とちょっと笑いそうになった。
いやわろてる場合ちゃうねん。
この純粋な善に対して私ができることは……
「ア……私、カフェイン飲むと体調悪くなるんだよね……!」
完璧な答えだった。実際そのころは不眠症気味で、カフェインが入ってるものはなるべく避けるようにしていた。
「そっか〜。それは残念だね……」
勝った。アムウェイといえども相手は所詮エナドリ。コーヒー1.3杯分(なんでそこは曖昧なんだ)のカフェインが仇になったようだな。
こうして私はアムウェイのエナドリの恐怖から逃れられた……かのように思えた。
半年後。
彼女がまたピカピカの笑顔で、見慣れぬピンク色の缶をもって私のデスクにやってきた。
「お待たせ! やっと出たの! アムウェイのエナジードリンクの、ノンカフェインタイプが! よかったね!」
その「よかったね」は、本当の、混じりっ気のない、祝福の言葉であった。
そのピンクの缶は、私がブラック企業を退職し、その頃住んでいたアパートを退去するまで未開封のまま我が家に存在し続けたのであった。